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アヨディアとは、ヒンズー世界の創世神話に登場する国の名前。
アヨディアレストランでお楽しみいただくのは、長い歴史と伝統に培われたジャワ料理を中心としたリスタフェルスタイルのインドネシア料理です。
インドネシアの歴史は、ジャワ原人に代表される、はるか100万年以上前の原始時代から遡ることが出来ますが、その地理的な位置からも、文明の勃興とともに、さまざまな人たち、さまざまな文化が行き交う場所でもありました。
最古の記録によれば、紀元前1世紀頃から東南アジアに進出していたインド商人によって、ヒンズー教が伝来。
5世紀にはインド型の国家がジャワ島に誕生したとされています。また、7世紀にはスマトラに仏教国も誕生し、8世紀中部ジャワのボロブドゥール遺跡が建立されたりもしています。
でも、それ以降のジャワ島では、さまざまなヒンズー王朝が興亡を繰り返し、16世紀末になって、イスラム王朝がジャワ島の大半を支配するに至ります。ちなみに、イスラム王朝に追われ、バリ島にヒンズー王朝が逃れたのも同じ頃の出来事でした。
しかし、折しも世界は大航海時代。1602年には、香辛料を求めて渡来したオランダが東インド会社を現在のジャカルタに設立。以降、1945年まで350年の長きにわたってインドネシアは植民地時代を余儀なくされるのです。
アヨディアレストランの「リスタフェルスタイル」インドネシア料理は、オランダが植民地経営を始めた頃のジャワ島におけるイスラムの王侯=サルタンたちの豪華な晩餐を再現したもの。
当時のサルタンはたくさんの臣下を抱え、厨房では日ごと夜ごとに多種多様な料理が作られ、正装に身を包んだ官女たちがガムランの調べのなか、列をなして料理を運んでいたといいます。もちろん、宴席では踊り子たちが華麗な舞を見せていたことは言うまでもありません。
そして、そんな光景に魅せられたオランダ人達も、自らの食卓に、そうした豪華なスタイルを取り入れていきました。本来ならばナイフやスプーン、フォークを使わないインドネシア料理に、それらが使われているのも、こうしたオランダとの交流から生まれた影響です。
そして、この食事スタイルこそが、リスタフェルスタイルと呼ばれ、上流家庭のおもてなしの方法として、長い年月にわたって伝承され、洗練されてきたスタイルなのです。
アヨディアレストランでは、この伝統的なメニューを、あえて外国の方に合わせてアレンジすることなく、本来のレシピで調理しています。したがって、若干の違和感をお覚えになる方もいらっしゃるかもしれませんが、辛いものがお好きな方、またどこか物足りないと思われた時は食卓中央のサンバル=インドネシア伝統の調味香辛料をお試しください。いちだんと味に深みが増して、さらにおいしく召し上がっていただけるものと思います。また、すべてのメニューはスープ、前菜から食後のデザート、ジンジャーティーに至るまで、医食同源の健康食ばかり。しかも、インドネシアでは生野菜を口にすることは少なく、すべてのメニューはよく火を通したものばかりですので、安心してご賞味いただけます。
また、アヨディアレストランの建物は、ジャワの古い家屋を解体して、移築したもので、現在は自然の保護の立場から伐採が禁止されている樹齢何百年というチーク材がふんだんに使用されています。この建物は、ジョグロスタイルと呼ばれるジャワ伝統の建築様式で、風通しを良くするために建物中央に配された4本の柱で中央部の天井を高くしたのが大きな特徴です。クラトンと呼ばれたサルタンの王宮では、謁見の間には必ずこうした建物が使われてきました。さらに、華麗なガムラン音楽の演奏者と踊り手たちは、ボロブドゥールで有名なジャワ島中部のジョグジャカルタから招聘した由緒ある舞踊団で、定期的に交代することになっています。バリのガムラン、踊りとは微妙に異なっていることにもご注目ください。
ジャワ伝統のお料理と音楽、踊り、そして、建物。今宵は往時を偲ぶ王侯貴族の気分で、ひとときの宴をご堪能ください。 |
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(c)
Restaurant Ayodya, 2005 |
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